第21話 ペットワース・ハウス:射手座の木星
今回はペットワース・ハウス(Petworth House)と、射手座の支配星、木星についてお話ししましょう。
英南岸サセックス州にペットワース・ハウスという元貴族の広大なお屋敷があります。「第5話 貴族の館と階級社会:山羊座の土星」でご紹介したナイマンズ(Nymans)同様、ナショナル・トラストの管理運営の元にあり、現在は一般観光客に公開されています。
この一族の一人に第三代目エグレモント卿(The Third Earl of Egremont)なる伯爵がいたそうです。1751年12月18日生まれで1837年没。生年月日をご覧いただきますとおわかりのように彼自身、射手座生まれですね。
何も知らないくせに、ですが私にとって紳士の鏡のような人です。館内に飾られる肖像画は、一人の人間が一生涯、善き行いに精魂込めるとこのように後光が差すかと恐れ入るほどの気高さを放っています。
ちょうど第二次産業革命の頃ですね。ウイキペデイアによりますと、伯爵は地域の運河建設といった公共事業を始めとして、1832年には、「ペットワース移民プロジェクト」(Petworth Emigration Scheme)なるものを発足させて、貧困にあえいでいた農民がカナダに移住するためにケタはずれの資金援助をしたそうです。
1836年6月9日のこと。エグレモント卿は屋敷での園遊会に、縁者から赤の他人の村人に至るまで数百人をご招待したところ、噂を聞きつけてさらに大勢の人が押しかけ、彼は快く全員にお酒ご馳走をふるまったそうです。それにしても電子レンジもフリーザーもない時代にどうやってまかなったのかしらんと、私はどうでもいいことに首をかしげてしまいます。
館内に飾られている、200年近く前のこの園遊会の絵画を見ますと、今でもその笑い声が家中にこだましているようです。そして窓から庭に目を移すと、絵に描かれた庭園の様子と実際の風景とが寸分違わず、タイム・トンネルをくぐり抜けた気分にさせられます。
イギリス人の歴史建築物と自然保護への熱意もさることながら、人間が残した精神は時を超えて空間にプリントされることが、この場に立つとよくわかります。
ところでターナーというイギリスの画家がいますね。伯爵は彼のパトロンでもあり、衣食住全てを提供して、そのおかげでターナーは長年この屋敷に住み、数多くの作品を生み出したそうです。
この“パトロン”という言葉が日本に伝わって以来、本来の意味とは違って、手垢がついて薄汚れたイメージで使われているように思います。”パトロン“という一言から「金ヅル、ヒモ」といったおよそ品性よろしくない言葉を連想するのは私だけでしょうか。
クリスおじさん(夫)に聞きますと「見返りを期待せずに、支援や助言を提供する父親のような存在をパトロンと言う。」そうで、非常に尊い行為なのですね。
で、話を射手座の支配星、木星に進めましょう。「第8話 ロンドンオリンピック」「第18話 スピリット・オブ・クリスマス」でもお話しましたように、木星はギリシア神話の全知全能の神ゼウス。ローマ神話ではジュピターに当たります。
ゼウスはクロノス(山羊座の支配星、土星)の末息子です。子供に実権の座を奪われることを恐れ、生まれた子供を次々と呑み込んだクロノス。嘆き悲しんだ妻のレアは、末息子のゼウスが生れた時、「これがゼウスよ。」と偽って布にくるんだ石をクロノスに渡します。そうとは知らず、石を呑み込んだクロノス。一方、ゼウスはクレタ島に預けられ、大きくなってから兄たちを救うため、父クロノスの前に現れます。そして呑み込まれた兄たちを吐き出させ、兄弟力を合わせて、父クロノスを打倒。この功績をたたえられゼウスは最高神として君臨します。
占星学の本を見ますと、射手座、及び木星の影響を強く受けた人(ホロスコープの中で木星が際立った位置にある人)は「寛大かつ発展的。常に未来志向で楽観的。また哲学的でスピリチュアル・リーダーの素質を持つ。」そんなことが書かれています。
ともかく木星はケチは嫌いですね。ケチにもいろいろありますが、この場合のケチは自分の労力やお金を差し出すたびに、いちいち「分けてやった。目減りした。損した。」と悔やむような恩に着せるような度量の狭さのことです。
木星の豊かさとは、善きことのために自分の持てるものを出し惜しみしない精神。これはものごとの可能性や将来性を見通す力、先見の明にもつながります。
度肝を抜くような大邸宅に住んで一人で悦に入るのは、木星の精神に反します。タンス貯金も木星は好みません。
それでね、ただの大盤ふるまいとも違いますね。これ見よがしに人にくれてやるのではなく、その行為の中にどこか高潔な精神を感じさせるものがある。射手座が「人々を啓発するような霊的指導者の素養がある。」と言われる所以です。
そして、水瓶座の支配星、天王星(天空の神ウラノス)が理念に基づいて社会に革命を起こそうとするのとも質が異なります。エグレモント卿は立場上、当時ナポレオンを自宅にお招きすることもあったそうですが、自身は政治家になる気は毛頭なかったそうです。
社会理念や肩書、何によらず型にはまることは木星の性に合いません。木星が理想とするのは万年旅人の人生です。
さらに、魚座の支配星、海王星(海の神ポセイドン)の「自己犠牲的な精神」とも、また少し違いますね。海王星のように、苦境にあって自分にはわずかのものしか残されていなくても、不遇な人のために我が身を投げ打って「救いの手」を差しのべるたぐいのものではありません。打ち出の小づちのように振れば降るほどザクザク出ます。
木星の寛大の精神に導かれて、自分が持てるものを、ふんだんに提供することで社会全体が活性化して繁栄へとつながる。木星の力は社会を循環させるエネルギー源、と私は考えます。そしてこのエネルギーは、ひいては自分の元にも還ってきます。「徳」として還ってきます。
「金は天下のまわりもの」と言いますが、木星の影響を強く受けた人は、困窮しても「必ずどこかから入ってくる。」と信じる気持ちに疑いを持たないので、その通りどこかから入ってくることが多いようです。占星学の本に「木星は財運の星。射手座の人は金運が強い。」などと書かれているのは、このためです。
一方で「射手座木星のマイナス面は、散財家でホラ吹き。」という記述もありますが、「財」はそれを滞らせず、なおかつ射幸心を持たずに、運用できる人が持ってこそ力を発揮できるものであり、凡人が持つとただの浪費家で終わってしまうのかもしれません。
このあたりはホロスコープ、生まれた時の天体の配置図だけでは計り知れないものがあります。魂の成熟度まではホロスコープに書かれていないように思いますね。
木星のメガネで世界を見ると、よきものは常に遠くにそして未来にある。
ターナーに衣食住全てを提供して、カナダ移民プロジェクトや運河建設に莫大な寄付をしたエグレモント卿は、遠い未来に矢を放つような先見の明と洞察力を持ち合わせ、親から引き継いだ財を活かす知恵と手腕があったのでしょう。
射手座の支配星、木星は器が大きく懐が深いのですね。この度量と寛容の精神が豊かな人生、社会の繁栄へと導いてくれるのでしょう。射手座の人にとって、そして万人にとって大切な人生の成長剤です。
ところで、クリスおじさん(夫)と私はお天気のいい週末に時々、このペットワース・ハウスに出かけますが毎回、観光客でにぎわって駐車場に車を入れるのにも一苦労。
「どうして猫も杓子も出かけたがるのか。週末ぐらい家で静かにテレビを見ておれんのか。」と、庭園でサンドイッチをほおばりながら、いつものように怒ります。自分だって出かけるくせに、木星の精神とはおよそほど遠いケチくさいことを申します。
ペットワース・ハウスには、イギリスのターナーの絵画をはじめ、ゲインズバラ、ウイリアム・ブレイクなどのイギリスの代表的な画家の作品が展示されています。美術に関心のある方はイギリスにおみえの際、ぜひ足をお運びください。
それではまたお会いしましょう。
※今回の写真は全てユキコ・ハーウッド撮影によるものです。