第1話 ブライトンとクリスおじさん
イギリスと聞くと、まず最初に思い浮かぶのはピーターパンでおなじみのビッグベンの時計台。それからバッキンガム宮殿の衛兵交代。
さらに地方により微妙に色合いが異なる田園風景には捨てがたい魅力があります。エミリー・ブロンテの"嵐が丘“の舞台、荒涼とした英北部のヨークシャー。 ”クマのプーさん“のお話が生まれたサセックス州、のどかなハートフィールドの村。実際イギリスの自然の情景には、人の心の奥底に眠る宝を呼び起こし、詩や寓話を紡ぎださせる不思議な力があります。
英国生まれのクリスおじさん(私の夫)は「ヨーロッパとはヨーロッパ大陸のことをいう。イギリスはイギリスであって、ヨーロッパではない。」と言います。誇り高きイギリス紳士です。クリスおじさんは若い頃、航海士をしていて天文学を学び、そこから占星学の道に入ったという経歴の持ち主。サテライト・ナビゲーションのない、クリスおじさんの時代は、天体の動きが航海の決め手だったわけです。
クリスおじさんと私が住む、ここブライトンは英南部サセックス州の海辺の街。「このサセックス州と、おとなりのケント州が、イギリスで一番風光明媚。」とおじさんはサセックスびいき。
そんなわけで今回は、サセックス州に30年余り住むクリスおじさんが語るブライトンの魅力をご紹介しましょう。
列車でロンドンのビクトリア駅を出発して南へ南へと向かうにつれ、明るい草原が広がり馬、牛、羊の牧草地帯を経て、小1時間でブライトンに到着。「ここがイギリス?」と首をかしげるほどサンサン陽光がふり注ぎます。
駅を出て南へ向かって3分歩くと、目の前に一面広がる海がイギリス海峡。さらに10分余りで海岸に到着。海辺にはリゾート・ホテルがひしめき、ブライトン・ピアと言われる桟橋は遊園地になっていて1年中千客万来。特に夏は海水浴でにぎわい、カモメが入り乱れて飛び交います。
ちなみにクリスおじさんはカモメが嫌いです。どうすればエサにありつけるか、よく知っていて、池のアヒルを追っ払ってから、おもむろに池にぽっかり浮かぶ。そしてしきりに首を前に突き出してアヒルになりすまし、子供達に「わあ、かわいい。アヒルだあ。」と言わせて、エサをせしめるその姿が「あさましく、こざかしい。」と言うのです。
海辺のブライトン・レイン(Brighton Lane)と言われる、れんが畳の小道の両脇にはオーラソーマ、キャス・キドストンなど流行りの店と、レストランが目白押し。
ところで「イギリスは食べ物がまずい。」というのは私に言わせれば大嘘。「自画自賛のフランスが、イギリスを小バカにして世界中にイギリスの悪口をふれまわったのだ。」とクリスおじさんは怒ります。よく怒る人です。
確かにイギリスを旅行して「料理がまずかった。」という日本人の話は小耳にはさみます。しかし日本でも、見ず知らずの土地で駅前食堂に飛び込んで親子丼を頼んだら「ひどいもんだった。」という話はありがち。たかだか4、5日の滞在で「まずい。」と決めるのは旅行者のおごり。その土地のものをおいしく味わうには、それなりの水先案内人、情報収集、そして経験が必要です。
ここブライトンではレインを中心に、200軒余りのレストランがしのぎをけずります。味、バラエテイー、店内のインテリア、よりどりみどりで目移り気移り。イギリス伝統料理を出すパブをはじめとして、イタリア料理、メキシコ、スイス、ベトナム、タイ、インド、中華、もちろん和食レストランも。「モシモシ」「ワガママ」「ヨースシ」などなど。看板で一目瞭然、経営者が日本人でないことがわかりますね。
こんなブライトンを称して、クリスおじさんは “Aquarian City”(アクエリアン・シテイー)「水瓶座的な街」だと言います。
水瓶座の支配星である天王星、天空の神・ウラヌスは、地上の因習、常識、権威、全てのしがらみを打ち砕いて、自由を求め空高くかけめぐります。天高くウラヌスの目で地上を眺めると、この世の固定観念から生じるわずらいは、取るに足らないチッポケなたわごとにすぎないのです。
「昨日街に行ったら、犬がスケートボードに乗って大通りをかけ抜けていった。」常識では思いつかないことが起こるのがブライトンだ、とおじさんは言います。
そう言えばブライトンはゲイで有名な街でもあります。「街のホテルでピンクの英国国旗が飾ってあったら、ゲイカップル歓迎という意味なんだ。」と、クリスおじさんが教えてくれました。ヘエ、知らなかった。
イギリスでは男性同士、女性同士のカップルでも合法的に結婚できます。そして挙式にあたっては、登録資格を持つ職員の立会いがないと、どんな結婚も法的に成立しません。教会の牧師さんはこの資格を持っていて、牧師さんの認定署名のもと教会で式を、というのが一般的なスタイルのようです。が、ゲイの場合は教会でというわけにもいかない。教会にもよるそうですが。
そこでブライトン市役所では、ゲイ、レズビアン・カップルのためにオシャレで豪華な挙式パンフレットを作り、役所提携各ホテルの式場に職員が出向き、結婚式を挙げてくれるという次第。
ブライトンが街をあげてゲイを支援するのは、道徳上正しいかどうかを問うのではなく、それがたとえ社会主流の倫理観とはあいまみえないものでも少数派がしいたげられるべきではない、という考えに基づくと私は見受けます。これも非常に水瓶座的な考えです。水瓶座は「自由、平等、博愛」の星座と言われます。
で、この「博愛」ですが、「お世話になったからご恩返しをしよう。」「けなげだから助けてあげよう。」という質のものでなく、たとえアカの他人でも、憎たらしくても、世の中のはみ出し者でも、もっと言えば極悪非道でも、窮地に立たされた者に対しては分けへだてなく援助すべきだ、いうのが水瓶座の主旨です。
そういう意味で、水瓶座の人道主義はドライですね。好き嫌い、かわいそう、メチョメチョと感情をはさまないのが特徴です。
毎年8月、ゲイ・フェステイバルの週末には全国から3万人が集まり、家の真向かいの公園でイベントがくりひろげられます。野外ステージの大音響と振動で我が家は地震状態。
騒音が何より嫌いなクリスおじさんは「どうして人の家の前で夜通しバカ騒ぎするのだ。自分の家に帰って静かに眠れないのか。」と役所に電話します。
職員こたえていわく。「ブライトンはこういう街なんです。年中お祭りをしている。だから世界中から観光客が集まり、地元の経済も潤う。それがイヤなら他の町に引っ越してください。」すげなくかわされてクリスおじさんは歯が立ちません、残念ながら。
クリスおじさんはこの街のことをアクエリアン・シテイーであり、“The mad hatter’s tea party” (マッド・ハッターズ・テイーパーテイー)“不思議の国のアリス”に登場する「頭のオカシナ帽子屋のお茶会」だとも言います。”不思議の国のアリス“も水瓶座的世界観にいろどられた話だというのが、クリスおじさんの見解。
天空の神・ウラヌスは「当たり前の概念」を次々にくつがえしていきます。ブライトンは水瓶座のスピリットを身をもって味わえる街かもしれませんね。
次回はクリスおじさんが語るサセックスの村々もご紹介しましょう。またお会いしましょうね。