第5話 貴族の館と階級社会:山羊座の土星
妖精が住まうような中世のたたずまいを残すこの屋敷、サセックス州にある元貴族のカントリー・ハウスの一つ。その名を“ナイマンズ”(Nymans)といいます。
19世紀末、ドイツの銀行家メッセル氏(Messel)がイギリスに来てこの広大な敷地を買い取ったところからナイマンズの歴史が始まります。後に孫娘のアンが伯爵(Earl)と結婚。伯爵夫人(Countess)の称号を得ます。1947年、火事で屋敷の大半が焼け落ちて、その後この邸宅はナショナル・トラストに売却されます。
“ナイマンズ”に限らずイギリスには16世紀から20世紀初頭にかけて建てられた貴族のカントリー・ハウス(農村部の邸宅で、敷地が4Km平方以上のもの)で、現在は観光客に一般公開されている所が2000棟近くあり、その内400棟余りをナショナル・トラスト(歴史的建築物の保護を目的とするボランテイア団体、1895年設立)が管理保護運営しているそうです。
第一次世界大戦後の相続税導入で、広大な邸宅の税金が払えなくなった領主貴族が次々にナショナル・トラストに屋敷を売却または献上。ナショナル・トラストも引き受けた以上、庭園、植物園、噴水、それは見事に手入れして、屋敷内も歴代家系図をつけて、10ポンド(現在のレートで約1350円)程度の入場料を徴収して観光客や家族連れに公開しています。
50ポンド払えばむこう1年間、全国のナショナル・トラストに行き放題見放題という年会費制度もあり。敷地内にはおしゃれなレストラン、カフェ、みやげ物屋、ガーデニング・ショップも設け、いろいろ知恵を絞って運営しているわけです。
しかしやはり自分の屋敷から出て行きたくない、という貴族もいますからそこは交渉次第。屋敷の小さな一角を住居と定め立ち入り禁止ゾーンにして、人の出入りを眺めながら観光客に混じって暮らす、という貴族もいるそうです。そのかわり屋根の修理から庭園の手入れに至るまで全てナショナル・トラストが肩代わりしてくれますから、持ちつ持たれつということになります。
ところでイギリスには階級社会なるものが存在すると言いますが、その実態は体験のない私達日本人にはつかみにくいもの。私もたかだか5年住んだぐらいで何がわかるわけではなし。
アフタヌーン・テイーも今でこそツーリスト・アトラクションの目玉。ですが、そもそもは19世紀、貴族が午後のお茶会で、スコーンといわれる焼き菓子やケーキ、サンドイッチなどを食べた習慣のことを言うそうです。そう言えば私が今以上に何も知らない頃、クリスおじさん(私の夫)に「アフタヌーン・テイーに行きたい。」と言いましたら、おじさん顔を真っ赤にして怒りましたね。「身の程知らずの恥知らず。」と。
おじさんは第二次世界大戦中、まだ階級意識が根強く残っていた頃の生まれです。「自分が子供の頃は、上流、中流の上中下、労働者階級とハッキリとした区別があり、帰属意識が持てた。」と、おじさんは言います。1軒のパブに行っても、中流と労働者階級は入り口も座る席も違い、その間は壁で仕切られていた。(ちなみにパブは貴族の行く所ではなかったようです。)それを不平等とも思わず、気心知れた仲間がそこにいて自分の行き場所があることが心の拠りどころになった、と言うのです。「今は行き場がない。」とおじさんはぼやきます。
ちなみに聞いた話では、上流階級とは貴族及びその親族。中流の上は歴代続く高名な実業家など。中は大学教授、弁護士、ビジネスマン。下は学校の先生や看護婦など。労働者階級は印刷業、食品業、土木業など日本でいうところのごくごくフツーの庶民です。
どんなに富を築き名を知らしめ教養を身につけても、貴族の称号はお金と努力では買えないもの。”It doesn’t depend on what you do. It depends on whoa you are.”(何をしているかではなく、何者として生まれついたかで決まる。)とクリスおじさんは言います。
このあたりの事情は、19世紀初めの作家、ジェーン・オーステインの“プライドと偏見”のお話にうかがえます。地主の子沢山。お金はソコソコあっても貴族の称号がない。なんとか娘を上流階級に嫁がせたいものだ。虎視眈々とチャンスをうかがう母親。“ソサエテイー・クライマー”と言うそうなんですね。社会のハシゴを一歩一歩上りつめる人のこと。
ということで今回は山羊座とその支配星の土星についてお話したいと思います。山羊座はマウンテン・ゴートに象徴されるように、確固とした目標意識で一歩一歩頂上目指して岩山を登っていきます。そして「五感の感覚」を司る土の星座ですから、あくまで今生で目に見えた成果を収めその足跡をハッキリと残したい、というのが願うところ。
ここまで書くと志高く立派に聞こえますが、そのわりに占星学学習者の間では敬遠されることが多い。なぜか。私が思うに、教科書を見ると「伝統、勤勉、野心、努力、忍耐、制限、拘束、因習」と気のめいるようなことばかり書かれていて、時代の寵児とはほど遠い印象を受けるからです。
山羊座の支配星・土星はギリシア神話のクロノス。天空の神ウラヌスの息子。自由奔放に空を駆け巡る父を恨み、ウラヌスの性器を切り取って海に投げ捨て天界から追放してしまいます。そしてその後は実権を奪われることを恐れ、自分の子供を次々に飲み込みます。またクロノスは時を治める神でもあります。
人間には保存本能とも言える「維持したい。残したい。守りたい。」という欲求があります。これがあるからこそ伝統が受け継がれ、社会も秩序を保ちその制度に沿って物事が進んでいく。つまり個人及び社会を植木に例えると、山羊座の土星は植木鉢のような働きを担うわけです。但しここで問題。この鉢が支えるものが何か、ということ。権威や体面を盲目的に支えるのか、独自の価値観を持った”私“を支えるかで、この土星は大きく変わってきます。つまりしっかりとした”自我“(私なりの人生観)が育っていないと、この土星の性質は外側から自分を拘束してくる牢獄の番人のように感じられます。
ここで一つ誤解のないように。土星・クロノス、天王星・ウラヌスといった惑星の神々は、どこか遠くの宇宙にいて私達に幸運や災いを送りつけてくるのではなく、一人ひとりの無意識層に潜む様々な異なる局面を象徴的に表す、と私は捉えます。
そして秩序なるものも世につれ人につれ変わりゆきます。植木もすくすく育つと同じ鉢には収まらない。この期に及んで鉢に執着すると物事は前に進まないわけです。植木を守るはずだった鉢が成長を阻むと、植え替える必要性がでてきます。
先ほどのナショナル・トラストの話に戻ります。引き継がれた貴族の暮らしも、戦後の構図にはそぐわない。12星座を見ますと、山羊座の次の星座は水瓶座。そのテーマは“人類の向上と発展への貢献”。仰々しく聞こえますが、要するに世のために一役買おうというのがモットー。築き上げた形に執着して、「自分のものでなくなるなら壊してしまえ。」と無知蒙昧で気炎を上げるのでなく、その中に息づく古き良きものを世の多くの人に明け渡す。そのためには自分の意地や欲は手放す。それが山羊座としての理想的な成長のあり方で、水瓶座の世界貢献につながるものと、私は考えます。そしてここが“伝統の美しさ”と“因習の泥仕合”との分かれ道だとも思います。
山羊座、水瓶座といった12星座の性質も、山羊座の人は放っておいても理想的な山羊座にスクスク育つわけではなく、人が一生をかけてこうあろうとする言わば究極の自画像を物語ると言えるでしょう。うまく育たないと今度はマイナス面がのさばります。
なんだか力を入れて書くとだんだん説教くさくなるのが我ながらイヤですね。説教も土星のマイナス面の一つです。また折にふれて様々なナショナル・トラストの邸宅をご紹介しましょう。またお会いしましょうね。