第11話 ルイスという町:蠍座の冥王星
ここイギリス南岸ブライトンの隣に、ルイス(Lewes)という町があります。ホテルやレストランがひしめき合う大型リゾート、ブライトンに比べて、ルイスは何もかもがこじんまりした瀟洒な町。狭い石畳の坂道の両側には16世紀テューダー朝の家々が並び、おとぎ話のようなたたずまいを見せてくれます。そして駅の近くの高級スーパーに続く、垢抜けたブテイック、小粋なレストランやカフェの数々。閑静な高級住宅街です。
もうかれこれ4年ほど前になりますか。クリスおじさん(夫)に初めて、ルイスを案内してもらった日のこと。町の小高い丘の上、うっそうとした樹に囲まれレンガ造りのお城のような建物が威風堂々と建っているを見て「あそこに行ってみたい!」と叫びましたら、クリスおじさん渋い顔で「あんな所には行けない。あれは刑務所だ。」
私はてっきり美術館か何かだと思ったのです。
さらにクリスおじさん、「そう言えば2、30年ほど昔、占星学仲間の一人がこのルイス刑務所の囚人達に占星学を教えに通っていたなあ。」と。当時、この刑務所にはクレイ・ブラザース(Kray Brothers)というイギリス史上に名を残す凶悪殺人犯の双子ギャングのかたわれが収容されていて、彼女は勇敢にもここで占星学を教えていたそうです。ちなみにクレイ氏は刑務所内のドンで立派なスーツに身を包み、彼女の授業に出席したという話。
ルイスに限らずイギリスの刑務所には、日本で言うところのカルチャー教室が設けられて、アート、語学、様々な先生が出入りして囚人達にレッスンしているそうです、ボランテイアで。
この話を聞いて天啓の如くピンと閃いた私、「ここで占星学、教えたい!」すっかりその気になって、さっそくルイス刑務所に連絡を取って面接に行きました。2009年の5月のことです。
まあ当然の話ですが、立派なレンガ造りの外観にひきかえ、中はそっけない病院のような造りでチョットがっかりしましたね。中庭の鳥小屋には大きな鳥が一羽いました。
面接担当はライブラリー(図書室)の室長さん。ヒラリー・クリントンを思わせる聡明な美人で、この時ほど自分が貧相に思えたことはありません。
「ここにいる人の大半は人殺しなのよ。びびったらダメよ。あなた堂々としていなさい。」と言われて「はい、わかりました。」と小さく答えました。
しかしさすがにこれにはクリスおじさん猛反対しまして結局、話はお流れに。「人質にとられて、立てこもられたらどうする!!」と言うのです。
また「刑務所なんてフザケタ話だ。図書室にカルチャー教室。税金無駄遣い以外の何ものでもない。本読み放題、セミナー受け放題。三食昼寝付きで家賃光熱費免除のホリデー・キャンプだ。自分だって入れてほしい。」とも言います。
実際、このルイスはどこか美しさと暗さが共存する魅力的な町です。最大の目玉は、毎年11月5日の“ガイ・フォークス・デイ”(Guy Fawkes Day)に行われる“ルイス・ボンファイアー”。(Lewes Bonfire)海賊や時代物の装束に身を包んだ軍団がタイコを叩いて爆竹を投げつけながら、真っ暗な夜の町を練り歩きます。かがり火と爆竹の凄まじい炸裂音、繰り返すタイコのビートで、見る者を異次元の世界へといざないます。
時をさかのぼること500年。免罪符を売り出して金儲けしようとするローマ・カトリック教会に対する反感が強まり、宗教改革が起こった16世紀のはじめ。
イギリスでは時の王様、ヘンリー8世が自らの離婚問題をきっかけにローマ・カトリック教会と袂を分かち、イギリス国教会を打ち立てます。カトリックでは離婚は禁止されているのですね。
ヘンリー8世の死後、娘のメアリー1世が後を継ぎますが、彼女は逆にローマ教皇を中心とするカトリックに返り咲こうとして、反カトリックのプロテスタント信者を、それはそれは残虐なやり方で数百人も処刑したそうです。そしてその処刑の多くが、このルイスの町の広場で行われた、と。これはクリスおじさんから聞いた話。
そう言えば、“ブラデイー・マリー”というカクテルがありますね。ウオッカをトマト・ジュースで割ったもの。この名の由来は「血まみれマリー」(Bloody Mary)と言われたメアリー1世に端を発するそうです。
話は歴史に戻ります。この後のエリザベス1世(ヘンリー8世の二番目の妻の子供。つまりメアリーの腹違いの妹。)が、再びイギリス国教会を国教と定め、さらにスペインの無敵艦隊を破り、イングランドを揺るがない大国へ導くことになるわけです。
続いて17世紀。1605年11月5日、当時、国教会に弾圧されていたカトリックの過激派グループ、今で言えばテロ・グループでしょうか。ガイ・フォークスという人物が音頭を取り、国会議事堂の地下に多量の火薬を仕掛け、ジョージ1世暗殺計画を企てます。ところがこれが事前にばれて未遂で終わり、これまた残忍に首謀者全員処刑されます。
この事件、ガンパウダー・プロット(Gunpowder Plot )といいます。
この名残りで、11月5日の“ガイ・フォークス・ナイト”には、“ガイ”と呼ばれる人形を町中引きずり回し、その後で人形に火をくべる伝統行事が各地で行われます。
が、ルイスの場合はメアリー1世に対する、何と言いましょうか、集合的な記憶が町にプリントされていて、“ガイ”の人形だけではなく、ローマ教皇の人形にも火をつけるそうなんですね。
と、ここから占星学の話に入りましょう。蠍座の支配星は、冥界の神ハデス。さらに
12星座を地水火風の4つのエレメントに分けますと、蠍座は水の星座。表面には見えず、脈々と流れる地下水のような水です。この水脈、目には見えない深層意識の流れに例えることもできるでしょう。そもそも水には清濁あわせ呑む性質があります。汚物も地下の排水管を流れるわけですから。
どんなに教養がありお上品に話す人でも、どこか腹の底にいちもつ黒いものを持っている。もっと言えば人皆おぞましい過去の申し子で、家系を探れば“ブラデイー・マリー”の縮小版のような人物、一人二人はいるものだ。さかのぼらなくても親族の一人はえてして刑務所に入っていたりするものだ。さらに”ブラデイー・マリー“は自分とは無縁のどこか遠くの存在でなく、一人一人の心の奥に潜む残酷さが形をとって現われたものだ、といったところが蠍座の世界観でしょうか。
つまり蠍座に太陽がある人、およびホロスコープの中で冥王星が際立っている人は、直感的に人の偽善を見抜き、社会の影の面をあばく洞察力を持っているのです。そして危機的状況にいどむ勇気と、その中で活躍できる力、つまり闇の世界の水先案内人となる潜在的可能性を秘めているわけです。闇でさまよう人の導き手になれるのは、闇を知る人のみ、ということになります。
さらに12星座にはそれぞれ一つずつシンボルがあります。例えば射手座は半身半馬、山羊座はマウンテン・ゴートといった具合に。ところがこの蠍座だけはシンボルを四つ持つのですね。まず蛇が脱皮してサソリに変わる。今度はサソリが死んで鷹に生まれ変わる。鷹は見据えた獲物を逃がさない鋭さを持ち、目標の極みに向かってどこまでも飛ぼうとしますが、視野は狭くなりがち。その鷹が死んで死の灰から不死鳥が舞い上がる。
この話は何度も訪れる、あるいは本人が無意識の内に引き寄せる、人生上の象徴的な「死の体験、生まれ変わり」を通して、成長しようとする完全なものになろうとする蠍座のテーマを物語る、と言えるでしょう。
それからもう一つ。「叩いてもホコリは出ない。汚点はありません。」と言い切ろうとすると、人の心は窒息していびつになる。血で汚れたシミを隠そうとしないことで、器は深く大きくなります。但し、いつも物事の裏ばかり探って闇に取り込まれると、疑心暗鬼のパラノイアで、これまた人生楽しめませんねえ。このあたり本人の気づきとサジ加減が大事です。
ところで、ルイス刑務所の占星学レッスンはまた機会あればチャレンジしたいと思っています。
ではまたお会いしましょう。