第2話 オーストリア:金星と出合う旅
12月、クリスおじさん(私の夫)と私は、親戚の結婚式で1週間ばかりオーストリアに行ってきました。
冠婚葬祭が何より苦手なクリスおじさんは「なぜ猫も杓子も結婚したがる。独り身で静かに暮らせんのか。」と、行く前から文句タラタラ。私達が結婚したのは2年前のことです。「そもそも自分が結婚したのが間違いの始まりだ。あのジジイにできるぐらいなら自分にできないわけはない、とまわりをその気にさせた。」と言い出す始末。
1960年代の半ばでしょうか、映画”サウンド・オブ・ミュージック“が公開されたのは。アルプスの頂、教会の鐘の音、その光景が現実のものかアニメの延長線上か、区別がつかない子供の私は以後数年、ザルツブルグ音楽祭、ウイーン社交界といった言葉に憧れ、心ときめかせました。幼心に何かそこには私の知らないあでやかな世界があると、さとったのです。
今回、結婚式を機にふってわいたようなオーストリア行きの話。私はクリスおじさんを尻目にサッサと航空券ホテルの手配。最初3泊はザルツブルグ滞在を決め込みました。
12月のザルツブルグは町中いたるところクリスマス・マーケット、クリスマスツリーで、さながらお伽の国に迷いこんだよう。誰かが「ザルツブルグのクリスマス・マーケットが世界一美しい。」と言ってました。
その上アルプスが目の前に迫り、さすがのクリスおじさんも「ハアー、ドラマチックなものだなあ。」と、二人でポカンと口をあけてキョロキョロするばかり。
「みやびやかな」という言葉がありますが、それに匹敵する場所やものがない。見聞の浅い私が知る限り、日本で思い浮かぶのは京菓子と嵐山界隈ぐらい。
そして私は、このザルツブルグの町に磨き上げられた金星を観るのです。金星はギリシャ神話の“美と愛の女神・アフロデイーテ”。牡牛座と天秤座の支配星。ゆえに「牡牛座、天秤座ともに審美眼と愛情に恵まれ、芸術家に向く。」と、これは教科書の決まり文句です。
きれいに装飾がほどこされた家の窓。馬車が行きかう町並み。宝石店かと目を疑うようなチョコレート・ショップ。全てがアフロデイーテのメガネにかなう出来ばえ。金星は「腹が減れば食えばいい。」とは言いません。そこに手塩をかけて愛情をこめ、できうる限りの美しいものに仕上げ喜ばれたい、というのがアフロデイーテの願うところ。
さらに4日目、ザルツブルグから列車で移動すること1時間。私達は結婚式のあるアルペンドルフというスキーリゾートに向かいました。挙式はアルペンドルフの山の上のお城で行われます。
当日は貸切りバス2台が招待客100名を山の上まで運んでくれるのですが。ホテルからバス乗り場までスーツに蝶ネクタイ、およびドレスにレースのお帽子、プラス、コートに登山靴の軍団が大雪の山道を行進。はい、1才から80才まで。父ちゃんは赤ちゃんをおんぶして。じいちゃんは手を引いてもらってガクガクと。私も必死。ハイ・ヒールは皆かばんの中に入れている。
洗礼式結婚式のたびに見かける顔ぶれが、民族総移動でオーストリアの雪山にやってきたその光景は壮絶そのもの。
お城に到着したら今度は花嫁を出向けるべく表に整列。
雪の中、震えながら待つこと半時間で遠くからシャンシャンシャンシャン、鈴の音と共にお馬車に乗った純白の花嫁が雪の女王の如くに登場。一同大歓声。私も興奮と感激で思わず涙がこぼれそうになりました。まさにナルニアの世界をこの目で見る思いです。
挙式後はまたバスが披露宴会場のホテルまで運んでくれます。こちらの披露宴はパーテイー形式のにぎやかなもので時間が長い。
4時ごろシャンペンとオードブルに始まり雑談。そして食事。そしてお酒。それからデイスコ大会へと流れ込んでいくのがもっぱらのスタイルのようです。深夜2時3時まで続くので体力勝負でもあります。今回は夜11時半に花火大会が予定されていましたが、クリスおじさんは9時半には早くもお酒でヘベレケ。私達は花火もデイスコも見送って部屋に退散しました。
そして私はこの結婚式にも弾みのある金星を観るのです。花嫁から招待客一人ひとりに、手書きのカードが添えられたテーブル。オミヤゲに、とガラスの瓶に詰められリボンで飾られたサンタクロースのチョコ。花婿が紙で作った白い大きな花が、天井から下げられている様子。そこにはきめ細やかなアフロデイーテの愛情が汲み取れるのです。
ところで「私は愛情運に恵まれない。」という言葉、よく耳にします。しかし愛情と喜びを受け取る器は、光り輝き弾みある心から自然に生まれるもの。何を見ても「めんどくさい。」「もったいない。」では心は弾力を失い萎えてしまいます。
星占いの本では「牡牛座、天秤座は喜びや美しさを享受する才能に恵まれる。」とありますが、そういう才能を存分に授かって生まれてくる人もいれば、そうでない人もいる。
「珠は磨かねば光らぬ。」と言いますが、美しさをめでる才能を磨くには練習が必要です。歌を歌ってだんだんウキウキしてくる。絵を描いているうちにワクワクしてくる。テーブルに花を飾るとなんだか楽しくなる。これ全てアフロデイーテの手習いですね。
なんだか毎日くさってしまって、気がつくと先行きの心配ばかりしている。部屋を飾ろうという気にはとうていなれない。そういう気分のところにアフロデイーテはよりつきませんね。ウキウキした気分の波に乗れるまで、心の方向付けがいります。
「お金に余裕ができれば。」ともよく耳にしますが、残念ながらお金からアフロデイーテは生まれません。但しアフロデイーテの創意工夫がお金を生み出すことはあります。
牡牛座は園芸家や料理人に、天秤座はデザイナーやアーテイストに向く、と言われるのはこのためですね、と私なりの理由付けをしてみます。
結婚式のデコレーションを心込めて作る。そしてそのことが自然に楽しいと思える。式場まで大雪の山道を行進する。寒いけど気分は高揚する。そういうところにアフロデイーテは舞い降りてきます。
金星は個人的なレベルでの喜びの発見と創造を司ります。牡牛座、天秤座の人にとっては特に欠かせない要素ですが、牡牛天秤に限らず、金星がよく育たないと日々の暮らしは砂を噛むような味気ないものになってしまいます。
2012年、多くの人が内なる金星と出会い、喜びが豊かに育まれることを祈って、このお話の幕を閉じたいと思います。
次回は再び英国サセックス州のお話に戻ります。またお会いしましょうね。