第18話 スピリット・オブ・クリスマス:射手座の木星
12月のイギリスはクリスマス一色で塗りつぶされます。9月にクリスマス商品の売り出しがボチボチ始まって、それと比例して日照時間がどんどん短くなりますね。高緯度地域のイギリスでは冬至の頃の日没はそうですね、3時40分頃でしょうか。日の出は8時ごろですね。なんだか一日中、真っ暗なだけにクリスマス・イルミネーションがひときわ輝きます。
私が見受けるところ、クリスマス商戦たけなわは11月最終週から12月1週目あたりまで。七面鳥やオードブル、クリスマス・プデイングの予約で、不況と言えどどの町も大忙し。
“The twelve days of Christmas” の歌にもあるように、宗教的伝統としてクリスマスは12日間(12月25日から1月6日まで)と見なされるそうです。
24日のクリスマス・イブ。25日は朝から教会に行って、その後クリスマス・デイナーと称して、午後2時頃に家族親戚友人揃って七面鳥やローストチキンでお祝いします。続く26日もまた祝日。クリスマス当日は、レストランからデパート、公共交通機関に至るまで全ての機能がストップしますので、各家庭で集うのが慣例のようです。
言うまでもなく、クリスおじさん(夫)はこれが大嫌い。「もらいたくもないプレゼント交換のために消費に血まなこになって、スピリット・オブ・クリスマスが消えうせた。」と怒ります。
ですが親切にも、毎年24日から4日間ご招待して下さる親戚があり、クリスおじさんは半分うんざり半分喜んで、私達は山のようなプレゼントを車に積み込んで出かけます。
クリスおじさんの奥さん(つまり私)は、もらいたくもないプレゼント交換のために消費に血まなこになる愚かな大衆の一人です。
そして大晦日の花火があって、ニュー・イヤーズ・デイ、1月1日は家族友人集まり、クリスマスの延長のような形で、またまたローストチキンやシャンペンでお祝い。
1月6日に商店街、街の広場、各家庭からいっせいにクリスマス・ツリーとイルミネーションが撤去されると、なんとなく国民的虚脱状態に陥り、冬の夜はただただ長いばかりで春の訪れが待たれます。
クリスおじさんの解説です。「サンタクロース、ファーザー・オブ・クリスマスに代表されるクリスマスのエッセンス、人々に幸せを運ぶ寛大なる精神、“スピリット・オブ・クリスマス”は確かに存在する。」私も同感です。
ところで英語にはjovial(ジョヴイアル)という形容詞があります。”He is jovial.”と言えば、「彼は気前よく陽気で皆に幸せを運んでくる。」といった意味。クリスおじさんの解説は続きます。jovialの名詞はjove(ジョーヴ)で、その語源は Jupiter(ジュピター)、射手座の支配星の木星です。ローマ神話のジュピターで、ギリシア神話では全知全能の神ゼウスに当たります。木星については第8話「オリンピック開会式」でもお話しましたが、今回は別の角度から見てみましょう。
19世紀イギリスの作家、デイケンズの“クリスマス・キャロル”というお話がありますね。高利貸しのスクルージはケチで孤独なじいさん。クリスマス・イブに三人の精霊がスクルージを訪れます。
一番目は“過去のクリスマスの精霊”。淋しかったスクルージの子供時代、それから恋人と共に過ごした純粋な青年時代のクリスマスを見せてくれます。
二番目は“現在のクリスマスの精霊”。「私はおまえが知らないものだ。」という言葉と共に七面鳥や果物のご馳走に囲まれた巨人がスクルージの部屋に現れます。そして悪徳スクルージに苦しめられて、クリスマスを祝うお金もない貧しい町の人達の現状を目の当たりにスクルージに見せます。
三番目は“未来のクリスマスの精霊”。スクルージは、訪れる人もなく淋しく埋葬される未来の自分の墓へと連れていかれます。
夢かまことかクリスマスの朝に目が覚めたスクルージは一夜にして改心。町の人達に施しを惜しまないジョヴイアル(jovial)な老人に生まれ変わるというお話。
この二番目の精霊が、スピリット・オブ・クリスマスが形を取って現われた存在で、同時に射手座木星の寛大なる精神を物語る、とクリスおじさんは言います。陽気で気前がよく皆に幸せを運んでくるスピリットです。
そしてこのお話全体が、木星の精神に導かれると私は感じます。木星のキーワードの一つに「賢者」というのがあります。人々を霊的に教え導く存在ですね。で、木星の辞書に「罰、こらしめ」といった言葉はありません。刑罰をもって制するのではなく、啓発啓蒙と寛大の精神で人を目覚めに導く存在です。人はあまりに大きな善意にふれた時、目からウロコがおちたように邪気が離れていく、ということがあるものです。
ちなみに土星クロノス(山羊座の支配星)と、木星ゼウス(ローマ神話のジュピター)は「ペアのグル」(一対の賢者)と言われますが、土星の方は「良薬、口に苦し。」と言うが如くに、時に痛い目をもって人をさとします。
また革命星の天王星、天空の神ウラノス(水瓶座の支配星)のように、動乱の戦いで新たな秩序を生み出すのとも違いますね。乱闘場が登場しないのも木星の特徴。スクルージは、精霊の導きで寛大で善良な老人に生まれ変わったのですから。
12星座は地水火風の四つのエレメントに分けられますが、「五感で感知できるこの世界を超えた直観の働き」を表す火の星座は、牡羊、獅子、射手座の三星座。こうしてみますと射手座は最後の火の星座、最終総仕上げ段階の火、究極の火とも言えるでしょう。
第17話「ショーラム・エアーショー」でお話しました、牡羊座の「命をつなぐサバイバルの原点の火「と違って、射手座の火は「煩悩を一瞬にして焼き尽くす火」です。
日本でも火を使ってご神事をいたしますね。しめ縄や写経を燃やすことで汚れをはらう。
そう言えば昔、占星学を教えてくださった故山田孝夫先生が「水には邪心や病を洗い流す浄化力があるが、多少時間がかかる。それに対して火の浄化力は瞬時に全てを焼き尽くすパワーがある。」と言われたことを思い出します。悟りの火とも言えるでしょうか。
スクルージは、改心するのに年月かからなかったですね。精霊のなせる業で、一夜にして生まれ変わったわけです。これも射手座の木星の特徴です。
このあたり、射手座生まれの人は生まれ持って寛大かつ楽観的、肯定的と言われるゆえんです。辛抱とか忍耐とか、しみったれて苦労を背負いこまず、「善なるもの、光なるもの」にフォーカスすることで、自分にも他人にも豊かさを運んでくる。
確かに一歩間違うと「ほら吹き男爵」のようになりかねないのですが、喜びは人に分け与えることで倍増して、ひいては社会全体を活性化する力になります。独り占めしないんです。木星の、そしてファーザー・クリスマスの気前の良さの原点です。
今日はこれぐらいにいたしましょう。クリスマス・イブからお邪魔する親戚のおうちですね。総勢10数名集まる、上は80才のじいちゃんから下は2才の女の子まで、プレゼント・リストを作って買い揃えて、クリスマス包装紙に包んでリボンをかけて、カードを書くのに、私はこのところ忙しいのです。
クリスおじさんは「気を使わなくてもよい。なに、手ぶらで行けばよい。」と申しますが、4日間も泊めて頂いて飲み放題食べ放題でそういうわけにはいきませんの。と、私はつましい島国根性に、乙女座の重箱のすみをつつくような潔癖完璧性が加わって準備に余念がありません。木星の「寛大なる精神」のなせる行為でないところが我ながら情けなく思えますが、生まれ持った性分と付き合うのは、なかなか骨の折れるものがあります。
またお会いしましょうね。